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市場生態系論 久保田正志

久保田正志
ジャーナリスト
2000.1.21

 一般に法制上、会社を擬人化して法人と称します。これは組織としての企業体を一個の意志ある個体として捉えた概念ですが、筆者はこの投稿文中で企業を生物の個体に喩えて論じたいと思います。

 これは必ずしも恣意的なアナロジーではありません。なぜなら人間の創り上げた組織や社会システムはしばしば自然界に存在するシステムを無意識的に模倣しているからです。

 分類学上、生物においては「個体-種-属」と分類のランクが上がってゆきますが、生物に動物と植物の別があり、植物の中でも木や草に分かれるように、企業にも様々な業種があり、それはさらに同じ種類の業務を旨とする多くの企業群に細分されます。
「植物-草本-チューリップ」というのも「金融-保険-損害保険」というのも構成としては同じことです。
 各企業を一個の生き物と捉えた場合、「人事・総務・営業」といった企業を構成するいくつもの部署は、「循環器・神経系・運動器官」といった個体を維持する上で不可欠な内部組織に相当します。その部署を構成する従業員一人一人は生物で言えば個々の細胞です。
 大型の生物が多くの細胞から成るように巨大企業は多くの構成員から成り、逆に「単細胞生物」に相当するのが、筆者のような個人事業者と言えるでしょう。

 このような考えを発展させると、企業の生きる資本主義市場は様々な生き物の切磋琢磨する生態系に等しいということが自然に理解されます。
 豊かな生態系とはそこに生きる生物の種類が豊富で、それぞれの個体群が健康であり、かつ系として安定している場合を指します。
 これは必ずしも個体数が多いということとは一致しません。単一種だけが突出していても、他にそれと連鎖をなすべき生物の種類が貧困であれば、その生態系は「貧しい」と言われるのです。たとえば人工植林されたままろくに間伐や手入れの行われていないような杉林は、木の数だけは多くともそれぞれの木の健康状態は悪く、自然林に比べて貧相な系であると言えるでしょう。また草原で蝗が大発生しているような場合も、数は多くともきわめて不安定でバブリーな系であり、生態系としては不健全であると言えます。

 企業と市場の関係も同じです。
 たとえば明治初期、日本政府は政策的に資本を集中させて繊維など近代社会の礎となるべき産業を育成しました。これはいわば人工植林に当たるものでした。そのまま放置すれば国営企業だけがあって民間企業のないいびつな市場が生まれただけだったでしょう。ですがその後の産業政策が当を得ていたために、一部の国営産業を中心として付随する多くの企業群が育ち、結果として日本にはそれまで他のアジア諸国には見られなかった近代的で豊かな市場が生まれました。

 同じことは終戦後、焼け野原となった日本に新たな産業を興す際にも起こりました。もちろん高い教育水準や勤勉な国民性といった、いわば肥沃な土壌と適正な降雨量に当たるバックグラウンドがあったとはいえ、適切な政策誘導が戦後日本の復興の原動力となったことは否定できません。
 健康な生態系とはまた、それぞれの場所の気象や地形などに生物群がよく適応している状態です。たとえば降雨量の多い地域に豊かな森が繁茂していたとしても、そこの気象が時代とともに乾燥がちな半砂漠気候に変化したとすれば、多湿環境に適応していた植物は枯れ、それに代わる新しい生物群が台頭するまでの間、一時的に生態系はプアな状態に陥るでしょう。

 この観点から現代の日本の市場を見てみます。
 多くの識者が指摘するように、現代の産業社会は情報化革命による激変期にあると言えます。つまり生態系を取り巻く環境が大きく変動している最中なのです。このような急速な環境の変化に対し、何も手を打たず傍観していれば、そこに棲む企業群は適応しきれずに枯死し、日本市場という生態系はきわめてプアな状態に陥ってしまうでしょう。
 このような環境の激変の際には、古い環境に適応していた生物種を退場させ、新しい環境に適応した新しい種が生態系の主流を占めるように誘導せねばなりません。逆にこれまで雨の多い気候に適応していた木々をケアし乾燥地帯で生きさせるべく努力したとしても、所詮は無駄骨折りの末に枯死してしまうのが見えています。

 これを産業政策の立場から見るならば、情報化の進展に適応した新しい企業が民間に生まれ、それらが市場の主流となるように誘導してやることが重要であり、これまでの古い環境でしか生きられないような古い体質の企業群を温存したり、そのために貴重な税収を投入するのは大変に愚かしいことだと言えます。
 しかし実際に政府のやっている公共投資なるものは、全く先行きの見込みがない土建業者にダムを作らせ、永遠に赤字を垂れ流し続けるはずの整備新幹線に巨費を投じるといった類のものです。既得権益を守ることに必死で、変化しつつある環境に進んで適応しようとしない企業や政治家が政策決定に力をふるっています。
 このままでは21世紀の日本市場は枯れ野のような悲惨な状態になってしまうでしょう。

 テクノロジーの進歩によって激変しつつある市場環境に合わせて日本市場のありかたを変え、主役となる企業を新旧交替させること。
 それが今、政策担当者、企業経営者、投資家たちに何よりも求められていることではないでしょうか。

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